2009/07/18(土)

VOCALOIDは肉声です。 このエントリをはてなブックマークに追加 

Filed under: VOCALOID,音楽 — KAY @ 16:27:00

……などとのたまってみましたが、断定口調でショッキングな見出しの方が訴求力が強い法則に従ったまでで、実際のところ

「VOCALOIDは肉声だと思うんだけどなあ……個人的に」

くらいの感覚です。

よく「あんな機械音声のどこがいいの?」みたいに揶揄されてますが。
なんかねー。違いますよね? これ。
だってボカロって、ちゃんと中の人が居て、声を録音してるし。
紛れも無い人間の声、肉声ですよね。
そりゃライブラリに落とし込む際には色々と加工が施されるんだろうけど。
でもそれって、ボカロを使わない曲でも同じですよね?

ボカロを機械音声だとか言ってる人って、当然Perfumeなんかも嫌いなんでしょーか。
でなきゃつじつま合わないもんなあ……。あれだけ大胆にピッチ補正やらなんやらで加工してるし。

そもそも、極論を言えばコンプひとつ掛けただけでそれはもう素のままの音じゃないですよね。
いや、もちろん判ってて極論言ってますよ?
どう線引きします? 軽くコンプ掛けただけの音源と、音声素片まで分解した音源。どちらも元は人間の声を収録したものです。
空間系エフェクトはセーフ? ピッチ補正までならセーフ?
うん、まあ、どこで線を引こうがそれは個人の勝手です。
人それぞれ、許せるライン、許せないラインがあるでしょう。
でもね、それってもはや、どれだけ加工してOKか? という話であって「機械音声だから」ダメって代物じゃないですよね。どこで線を引こうが。

うん、実はこれ、ボカロを批判すんなとかいう話じゃないんだ。
むしろ逆。じゃんじゃんやっちゃっていいよ。どうぞ批判して下さい。
ただし、機械音声とかいう的外れな認識による批判じゃなく、あなた自身の感性においてね。

えーと、最後に一番言いたかった事言いますね。
演奏や歌で魂が込められるというなら、打ち込みでだって魂込められると思ってます。
一打ち込み職人の意見ですが。
「魂込める」とか、精神論的な曖昧な物言いってあんまり好きじゃないんだけど、いい言葉が思い付かないので勘弁。

てゆーか早く中の人いらずのボカロ出ねーかな……。

コメント(9)

  1. Comment by NANASI — 2009/07/19(日) @ 00:48:19

    「あんな機械音声のどこがいいの?」とはそのままの意味もあるでしょうが
    これは嫌いである事の嫌悪感・表現の一形態というだけの話であって、実際機械かどうかは関係ないわけですよ。
    その当人に不快である、不快である部分の再たる要因が機械的すぎる部分にあたればこそ「機械音声」という意味合いの単語が出てくるわけです。ですからどの程度加工されているかの判断ではありません。加工の程度に関わらず「機械的」に聞こえればそれは「機械音声」と揶揄されるわけです。あくまで「揶揄」なわけですから、実際肉声だと知っているけれどもそう「揶揄」しているわけです。
    さて、ボーカロイドに限らず現在の音楽に使用される楽器音声は元の楽器があり、それを加工したものが多くあります。例えばピアノ。DTM音源で用いられるピアノ音源には元となる生のピアノの音声があり、それを加工している場合が多数あります。これは人声を音源化したボーカロイドとほぼ同様のシステムが用いられています。
    しかし音源によってはピアノの音ショボいなー、と思う事がありますよね?本物のピアノはこんなもんじゃない、まぁ安物のDTM用のデジタル音源だとこんなものもあるだろう…くらいには思われているものです。
    つまりショボいものはショボいという認識が普通にあるわけでして、おそらくブログ主さんもDTMを噛った経験がおありなら「この楽器の音ショボいな…」と思った時が何度かあると思いますが。
    ボーカロイドも同じわけです。人間の声と比較したらやはり機械音声的でショボいと思われてもこれまた当然なわけです。
    機械的だからイイ!という価値観もあるでしょうが、それはショボいデジタルピアノの音を「本物には適わないけどこのショボさがイイ!」と言っている様なものなのです。
    それは確かに個人の価値観でしょうけど、何度も言いますがやはりショボいものはショボいのです。
    今は目新しさが先行しているからそのショボさ自体も好意的に受けているのでしょうが、ボーカロイドと同様の技術自体は前例の楽器の例からも分かる通り昔からあったわけで、それを知ってる人にとっては音色的な目新しさは無いんですね。CGMの広がりにはおもしろさはありますが、ボーカロイドと似たものは10年20年前からあったわけですからそれ自体には驚きはない、という人もいるわけです。そういう人からみたらボーカロイドの音色はまだまだ昔と50歩100歩でありショボいものは変わらずショボいのです。

  2. Comment by KAY — 2009/07/19(日) @ 16:33:32

    「肉声だと判ってて揶揄してる」ってのはちょっと「ん? そうかな?」と思いました。NANASIさんも「そのままの意味で言ってる場合もある」という前提でおっしゃっておられますが。まあ、大半の人はあんまり興味が無いから適当に言ってるだけでしょうねぇ。

    音を加工するという作業は音楽の現場で当たり前に行われている事なのに、それをあげつらって批判するのは見当違いのような気がしたんです。
    上述のとおり、大半の人は適当に言ってるだけだと思われますので、「あんたが本当に批判したいのはそこじゃないんじゃない?」と。
    加工後の結果に納得いかないだけじゃないの? だったら、上手い加工なら文句でないよね? だって、世の中の音楽のほぼ全てが、加工済みの音なんだから。
    ええ、すんごい飛躍した理屈だってのは判ってますよ?

    恐らくNANASIさんと私とでは根本的な価値観にかなり隔たりがあると思われます。
    私の場合、音がショボいかどうかは全く頓着しません。でなけりゃチップチューンなんてニッチなジャンルやってませんしね。
    一応、その音がチープかどうか、という感覚はあるっぽいですが、そんなもん、打ち込み方、音の作り方でどうとでもなると思ってるタイプの人間です。
    ショボいものはどうやってもショボいというNANASIさんの主張とは真っ向から対立する考え方ですので、このまま議論を詰めても平行線を辿りそうな……。^^;

    最後の主張にも込められていますが、一応今回の趣旨としては、打ち込みも捨てたもんじゃないよ、というものなんですね。
    打ち込みだろうがショボい音源だろうが、問題は料理の仕方であって、評価の対象はそれによる成果物であるべきだと思ってます。
    「○○だからダメ」というのはどうしても承服出来ないんですよね。「ダメな○○もある」というだけで。
    それは、どんな曲でも同じ事が言えるはずなので、「機械音声」とひと括りで批判せず、曲ごとに個別に判定お願いします、という事が言いたかったのです。
    その結果、それでもやっぱり批判されるのであれば、それはそれで仕方ないなあ、と。(まあ、叩かれたらフツーにへこみはしますけど)

  3. Comment by NANASI — 2009/07/19(日) @ 19:54:21

    いえ、おそらくブログ主さんと私は全く同じ感性ですよ。ただ好みが違うだけです。思想は一緒です。
    どんなショボい音でも料理次第というのは少し違うだろうと思いまして、ならばチップ音源を選ぶ必要性とはなんなのか?という事になると思います。
    本当に料理次第というならばチップ音源じゃなくてもいいわけでしょう。なぜチップを選ぶかはそれが必要だからですよね。チップでなければ表現が難しい音楽もあります、ですからチップを選ぶわけですよね。単にショボい音色であれば何でもいいというなら、他にもショボい音色は山ほどあるわけですから、それらを使わない手はないわけでしょう。
    例えば先の例に出した安物DTM音源でのショボいデジタルピアノの音を使って制作されないのはなぜなんですか?それは作りたいイメージに的さないからではないんでしょうか。向き不向きがあればこそ、使わない音源は使わないわけです。初音ミクもまた同じではないんでしょうか。それを必要とする人にはチップ音源と同様に音楽に利用されるでしょうけれども、じゃあなぜショボいデジタルピアノを初音ミクの代わりに使わないかと言えば
    それはデジタルピアノがショボい以前に歌を再現できないからであります。
    ですから料理以前の問題かと思いますよ。必要とされるならばショボくても利用されます。
    だからといってその音源がショボいかショボくないかはやはり個人の価値観に委ねられてあり、他人が必要としているから自分にとってもショボくない、とはならないだけの事かと思います。ショボいものはショボいままという事もありえるわけです。しかし他人にとってはショボくない事もあるのは知っていますから、わざわざショボいよね、とは口に出したりしませんよ。
    口に出す場合はその音源が真に嫌いか関心がないのでしょうと思いますし、人間であればそういう好き嫌いがあるのも至極当然かと思います。
    嫌いなものは嫌いと表明できる、他人がそれを言った場合にも深読みしないくらいにはゆとりある人間でいられる、というのが好ましく思うのですがどうでしょうか。それとも内心はショボいと思いつつも表面上は繕って「初音ミクはいい音源ですね」、と言った方が言われた相手は安心できるのでしょうか。仮に私なら正直に嫌いならそう言ってもらった方が建設的に話ができるのですが。まぁ人それぞれなのだと思います。

  4. Comment by 元ド底辺ボカロ師 — 2009/07/26(日) @ 22:45:24

    …うん、確かにそのとおりではある。
    しかしながら、その「あんな機械音s(ry」という奴が、このエントリを読んで
    感想を口にするのならば…

    「何、必死になってんだよwwwこれだからボカロ厨はwwwww」

    …所詮そんなんだと思うんですよ、奴らにとっちゃね。もっとも
    そもそもそういう奴が、3行どころかかなりの分量であるこのエントリなど
    ろくに読みもせず、上記のような事を平気でのたまうんですからね…。

    というわけで、自分なりの結論としては、
    「スルー力(リョク)を鍛えましょう」というぐらいですかね。

  5. Comment by NANASI — 2009/08/01(土) @ 20:49:08

    ・元ド底辺ボカロ師さん
    それは偏見じゃないんですか。嫌いなものを無理矢理好きという必要は誰にもない事、嫌いなものは仕方がないし別にその心に嘘は無い事、機械音声として聞こえるという事に嘘が無い事、誰かの好きが他の誰かの好きであるとは限らない事、嫌いだという事を正直に言っても良いのではないかという事・抑圧される権利は無いという事、を私は言っているわけです。
    ボカロ厨必死、などとは思ってないわけです。単に初音ミクは機械音声的で魅力ないな、と正直に言っているまでの話なのですよ。
    そこに「いや、機械音声じゃない」と言われても、実際そう聞こえるのだから仕方ないわけですよね。事実がどうあれ印象がそうなわけですから。

  6. Comment by 元ド底辺ボカロ師さん — 2009/08/03(月) @ 17:29:01

    まさかのレスがきたので、とりあえず一言

    4で書いた事はある意味、自分がアンチボカロだったらのイメージで書いてみた
    次第。実に釣りにもならないコメントでした。この場で申し訳ないですが、その
    文章でお気を悪くされたということであれば、NANASIさんをはじめとして、
    この他このページを読まれた方々、並びに管理人さんに謝りたい。
    大変申し訳ありませんでした。

    5のNANASIさんの言うことはまさにそのとおりで、
    確かにそういう理由でボカロ嫌いという人はいる。
    アンチスレを見に行くと、そういう人の意見もあるしね。
    自分はボカロ曲作りを、やめた口なんだけど、
    そうした声の特徴だけで毛嫌いするのは、非常にもったいないという
    思いはあります。ある意味、「何でニンジンが食えないの?」という
    思いにも似たものがあるかなぁ、と(下手な例えで申し訳ないorz)

    ただ、同時に理由無く叩く人もまた確実にいる。
    いじめをした人の大概の理由が「気分がスカッとするから」という様に
    ボカロを叩くという行為を「目的」にする人は確実にいるはずだ、と。
    # コレに限らず、いろんな界隈で「手段」と「目的」を履き違える
    # 人種というのはいるものですから

    「スルー力(リョク)を鍛えましょう」と先のコメントで入れましたが、ネガな
    言葉に振り回されるな、という意味以上に
    「凹む時間があるぐれーなら、その時間でもっとボカロを愛してやれ!」と

    …スンマセン、自分でも何を書いてるんだか。
    コレじゃあ、俺はただの偽善者じゃねーかwww
    こんなんだから、自分はボカロ師にもアンチにもなりきれない
    半端モンということなのでしょう。

  7. Comment by NANASI — 2009/08/06(木) @ 18:08:57

    ・元ド底辺ボカロ師さん
    ボカロ師さんの仰りたい事はよく解ります。自身が好きな物を他人も同様に好きで居て欲しい、と思うのは自然な感情だと思います。
    しかしながら、他人がその対象を嫌いだと表明したら「勿体ない」とは、違うと思うのですよね。例えば今回の件なら、初音ミクを聴かなくとも何も勿体ない事はありません。
    むしろ世の中の大半は初音ミクを聴いた事もなく現在も生活している人が圧倒的に多い事でしょう。彼ら彼女らは何か勿体ないのか?何か損をしているのか?と考えたら「別に彼ら彼女はそれぞれの人生をすべからく楽しんでいる」と答える事ができます。
    初音ミクを聴かなくとも人生を楽しんでいる人は十分に楽しんでいる。音楽好きな人間で初音ミクを敬遠している人でも、やはりそれはそれで音楽を楽しんでいるわけですよね。初音ミクを聴かなかったからと言って、今聴いている音楽がつまらないものにはなったりしませんよ。自身の好きなものが他の誰かの好きではない場合がある、というのはそういう事です。
    ニンジンが嫌いな人はピーマンは好きかもしれない、逆にニンジンが好きと言う人はピーマンが嫌いかもしれない。それぞれ好き嫌いが当然あるでしょう。
    好き嫌いが全く無くとも、人間には限られた時間や余暇という制限がありますよね。いくら周りには素晴らしい作品が溢れていても、それを享受できる人間である自分は一人しかいないのですから、限られた時間や余暇の内でそれらを楽しまなければなりません。
    仮に初音ミクが嫌いだからとて何も困る事はありません。我々には世界中の聴ききれないその他の膨大な数の音楽が与えられているわけですから。他にも映画小説ドラマ漫画アニメTVゲームにスポーツ、いくらでも楽しみがあると思いますよ。初音ミクを聴いてなかったら勿体ないですか?そんな事はないのですよ。勿体ないという言葉は、世の中の大半の初音ミクを聴いていない人達に失礼な発言だと思います。言い換えるなら鉄道マニアが「○○という列車に乗った事がない人間なんて、勿体ない」と言っている様なものです。一方的にあなたは損している、と価値観を押しつけられても困るわけです。別にボカロ師さんは普通の電車に乗っているだけだと思いますが、その事で損した覚えはありませんよね?

  8. Comment by 元ド底辺ボカロ師さん — 2009/08/06(木) @ 23:30:51

    NANASIさん

    こんな戯言に付き合ってくださいまして、そしてこのブログの管理者にも、
    申し訳なく思います。おかげで目が覚めました。

    まったく個人ごとですが、現在は音楽製作どころかまともな定職すら就けない
    状況であり、失業手当で細々と今を生きている状態です。

    もう少し、生活に余裕が出来たタイミングで、上記のやり取りを思い出しつつ、
    音楽をやっていけれたら、と思います。

    # それにしてもネット漬けの毎日は、確実に
    # 自分の心を蝕んでいくなぁ…

  9. Comment by NANASI — 2009/08/07(金) @ 12:40:45

    ・元ド底辺ボカロ師さん
    誤解が少なからずとけまして良かったと思います。
    人には好き嫌いがある、という事をお互いが認識する所からやはりスタートしていければ、と私は思っていますので、初音ミク嫌いな人は切り捨てる、あきらめる、ではなくできれば好き嫌いがあるのだ、という場所から出発して誤解なくお互いを理解した上でどうすれば嫌いな人に好きになってもらえるかを考えてみてはどうでしょう、と思います。あくまで好きになって欲しい側が相手に好意的かつ積極的にならなければならないのは事実ではないかと。嫌いな側に更に嫌われては意味がありませんので。

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